『コロンボ←→ケラニヤの日々』

暫くコロンボに拠点をおいてケラニヤ大学までバスで片道約40分ほどの距離をかよっている。
その日々ももうすぐおわろうとしているが、予想しているはずもなかったこの展開に私の今回の旅は大きく当初のものとはちがうものとなった。
コロンボは首都のくせに日本語が使えるネットカフェが殆どみあたらず(なぜだかダウンロードできない!私の知識のなさもひとつの要因。)、唯一発見したマジェスティックシティ内のネットカフェで現在もこれをかいているわけだが、宿からも当然大学からも距離がある。
なかなか時間もないのでゆっくり日記もかけない。
ノートには毎日かいているので、帰国してからそれをまとめようと思う。

今日は休日。ふらふらと町をまわった。
書店によって本をたちよみ。ハリーポッターがよみたくなった。
仏教の本はもちろん、パーリ語の本や文法書が普通の本屋においてあるのをみたときには感動をおぼえた。
如何にスリランカにおいて仏教がスタンダードなものであるのかがよくわかる。

そういえば石川直樹くんはどうなったかなあ?
久し振りにかれのウェブサイトをのぞいてみようかな。

何故旅にでるの?とはよく出発するまえにきかれるが、理由はひとつではないのであまりうまくいつもこたえられない。
今おもったことは、様々なルールや様々な人間が世界中にはあふれているということを身体に教え込むということがひとつにあるということだ。
常識は決してひとつではないし、物差しも当然かわりゆく。それらにゆさぶられながら、自らのゆるがぬスタンダードを見つめ、その上で最大限柔軟にその地の物差し、当然日本においても個人個人の物差しに対応できたらと思う。
それはもちろん旅の中だけではなく、日本における日常生活においても大いに有効である。
20代のうちは、そのような心の振り幅を広げることに常に心をくだきたいとかんがえている。
当然旅だけではない。日常のすべては奥底でつながっている。意識をどのように持つかがポイントだろう。

しかし学校にかよっていたりすると旅という感覚はうすれてくる。
毎朝同じルーティンワーク。
宿のそとの屋台で朝食のローティや果物と紅茶を食し、バスに乗り、大学に行き、昼にはココナッツをのみ、学食を食べ、夕方またバスで帰る。
この大学には女子サッカー部はないみたいだ。
女子サッカーやフットサルのチームはスリランカにはあるのかな?
予想外のプチ留学。ハハハ。